BSD Unixの歴史 第3回:BSD Unixの始まり(1977年〜1979年)
1976年にKen ThompsonがBell Labsに戻ると、Bill JoyとChuck Haleyは自らUnixカーネルの探求を始めた。1977年初頭にはBerkeley Software Distribution(BSD)が組み立てられ、3BSDは1979年12月に出荷が始まった。
F/OSS Comicsによる本連載第3回は、カリフォルニア大学バークレー校(Berkeley)でのBSD Unixの初期の歴史を扱う。1976年から1979年12月までの経緯を、漫画の台詞を交えて描いている。
初期BSDの配布
1977年初頭、Bill JoyはPascalシステムをライン・エディタのexと一緒に同梱し、Berkeley Software Distribution(BSD)としてまとめた。exはemから開発されたものである。
初期のBSDは独立したオペレーティングシステムではなく、既存のUnixシステムにインストールするソフトウェアの集まりであった。BSDの入手には、当時AT&TのUnixソースライセンスが必要だった。Berkeleyが請求したのはテープと配送にかかる費用のみである。
最初のBSD配布の後、JoyはユーザーからのフィードバックをもとにPascalシステムを改良した。その翌年には、about thirty copies(約30部)が送付された。
Berkeleyの Free Speech Movement、ヒッピー文化、反戦活動が、Joyが費用をわずかにとどめた判断に影響したとされる。

2BSDの構成と配布
Joyは、Pascalシステムに加えて、viをはじめexのビジュアルモード、C shell、その他のツールを同梱し、Second Berkeley Software Distribution(2BSD)を構成した。2BSD用のテープは、その翌年にnearly seventy-five tapes(約75本)が出荷された。
Joyは配布要求をすべて処理し、BSDをテープにコピーして自ら郵送した。漫画では、他大学からのコピー要求や「More copying.」という台詞が描かれている。
仮想メモリの追加と3BSD
Ozalp Babaogluは、Professor Domenico Ferrariのもとで学ぶバークレーの大学院生であった。Babaogluは仮想メモリをVAX Unixに加えるよう指導教官から求められた。
"My adviser asked me to add virtual memory to VAX Unix. Could you look over the code?"
— Ozalp Babaoglu
JoyはBabaogluの仮想メモリのコードを32/Vに統合し、デバッグを支援した。当時の32/Vは、VAXハードウェアの仮想メモリ機能を使用していなかった。Professor Richard Fatemanが進めていた数式処理システムMacsymaの作業には、物理メモリでは不足する記憶容量が必要であった。
1978年にはバークレーにVAXが導入された。デバッグは1978年末の休暇中も続き、1979年1月までにバグの大半が修正された。Joyはex、vi、C shellなど2BSDのツールをVAXに移植し、Peter KesslerとMarshall Kirk McKusickはPascalシステムを移植した。その結果として生まれたのが3BSDであり、1979年12月に出荷が始まった。
ARPANETは1969年以来、DARPAが資金を提供する研究機関を接続してきた。DARPAは、バークレーが3BSDを研究機関へ配布して成功させたことに注目した。
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出典
- F/OSS Comics「13. BSD Unix, Part 3 - The Beginning of BSD Unix」
- https://fosscomics.com/posts/13.%20BSD%20Unix%20Part%203%20-%20The%20Beginning%20of%20BSD%20Unix/
- (Marshall Kirk McKusick、Andrew Leonard、Warren Toomey ほかの二次情報源) の報道による