ウガンダの難民キャンプへのノートパソコン配送:42日間と36,000km の物流戦
4月1日から5月13日にかけて、オーストラリアからウガンダ西部の難民キャンプに送られたMacBookは、リチウム電池規制、関税手続き、そして配送システムの混乱を乗り越えて、最終的に金物店の棚から無事に到着した。
Lexは、コンゴ難民のDjangoが学位取得のために必要としていた古いMacBookを送ることに決めた。Djangoは太陽光でノートパソコンを稼働させ、限られた収入から通信費を捻出して遠隔のコンピュータサイエンス学位を取得している。USBケーブルを誤って12V電池出力に接続した際の過電流でマザーボードが焼損し、数週間後に迫っていた次学期開始の前に修理が必要だった。
リチウム電池規制と国際配送の課題
Lexは最初、オーストラリア郵便でMacBookを送ろうとした。4月1日に追跡番号をDjangoに共有したが、6日後に配送分類施設で処理に失敗し、返送されてきた。オーストラリア郵便は国際航空便でリチウム電池を含むデバイスの配送を認めていない。初回の配送料金は111.60 AUD だった。
Lexは運送業者Pack & Sendを利用することにした。同社は213 AUD の運送料を提案し、4月9日にLexが45分歩いて同社の事務所を訪問した。フロント職員がノートパソコンを適切に再梱包した際、スタッフは追加の関税と手数料があることを警告し、Djangoが50~100 USD のバッファを用意するよう勧めた。

ウガンダの関税手続きと税務識別番号の取得
荷物は4月15日にEHS Africa Logistics Agentからのメールでウガンダに到着した。同社は95,000 UGX (約35 AUD) の代理店手数料を請求し、ウガンダ歳入庁(URA)ポータルでの登録、税務申告完了、および5営業日以内のクリアランスが必要と述べた。そうしなければ倉庫保管料がかかるとされた。
登録には Tax Identification Number (TIN) が必須だった。難民であるDjangoはTINを持っていなかった。ウガンダ市民はオンラインで完全に手続きできるが、難民は申請書類をオンラインで提出した後、URA事務所に物理的に現れて確認を受ける必要がある。当時Djangoはまだコンピュータを持っていなかったため、古いExcel マクロ形式の申請書はスマートフォンで正常に機能しなかった。
難民支援団体は申請書提出のために約20 USD の手数料を求め、プロセスに約2週間かかると述べた。別の時点では40 USD に近い金額を提示されたが、これは完全なサービスではなく、Djangoはなお物理的にURA事務所に出向く必要があった。
Djangoは徒歩約2時間かけてBukereの交易センターに到着し、そこからKyegegwaの幹線道路まで移動してMubendaへの公共タクシーに乗車した。乗客を拾いながら走行するタクシーの旅は約3時間を要した。MubendeのURA事務所では、職員は難民キャンプから得た現地認可書の取得を指示した。金曜日のことだった。Djangoが遠方から多くの資金を使って移動してきたことを説明したところ、ある男は「何かあげること」で問題を簡単に解決できると示唆したが、Djangoはこれを拒否した。別の職員は「ネットワークが落ちている」と述べて月曜日に戻ってくるよう促した。Djangoが数時間待機して再度尋ねると、職員は待機中に他の人々が通常通り対応を受けているのを観察した後、同じ職員がファイルを再度開き、わずか数分で全プロセスを完了した。TIN証明書の生成と印刷には10分未満要した。

関税総額は127,657.76 UGX (約47 AUD) に達した。オーストラリア郵便の失敗を含めた累計は約407 AUD だった。この時点は4月17日で、新学期開始の3日前だったが、ノートパソコンはまだオランダに滞留していた。
配送システムの混乱と最終配達
荷物はフランス、英国、UAE、ケニア、ウガンダを経由して5月6日にウガンダに到達した。ウガンダはリサイクル品ノートパソコンの輸入に際して、正確な購入価格を示す元々の購入レシートの提示を要求しており、中古品であることを明記した関税送状では不十分だった。税関は荷物を一時的に押収した。FedEx は当局との連絡を取り、税関から追加支払い要求の正式な通知を待機していた。EHS のシステムがダウンしており、さらなる遅延が生じた。
ノートパソコンが中古ギフトであるという確認が受け入れられた後、EHS代表は修正提出のための50,000 UGX (約18.50 AUD) の追加支払いを要求した。Djangoは5月8日に支払い、翌5月9日に荷物は税関から解放され配達準備完了と表示された。

ノートパソコンはカンパラ地域での配達予定だったが、実際にはDjangoの家からさらに東方のMbaleに送られた。Djangoは5月14日木曜日(4日後)まで待機するよう指示され、追跡システムは「配達試行失敗」を表示した。追跡情報が信頼できなくなったため、Djangoは以前に荷物について電話してきた複数の電話番号を遡及調査した。いくつかの番号はもはや応答しなかったが、最終的に以前に荷物を一時的に取り扱っていた別の町の女性に連絡した。彼女は別の電話番号を提供し、その人物は配達担当者がランダムなバイクタクシー乗者に輸送費を添えてノートパソコンを引き渡す予定だと述べた。
Djangoはすぐに電話をかけ直し、誰にもパッケージを引き渡さないよう指示し、自分が受け取るため具体的な場所を尋ねた。Djangoはサンダルのままその場所に向けて出発した。約3時間の移動後、ガソリンスタンドの場所に到着したが、明らかな配達事務所やクーリエの看板はなかった。金属スクラップ、建築工具、鉄製品が並ぶ小さな金物店を発見した。外では金属ドアと鉄構造物の溶接が行われていた。

店主は金属機器の中の棚に登り、段ボール箱を取り出した。その箱は金物の間に置かれていた。店主は中身について何も知らず、知る必要もないと述べ、「友人」が一時的に保管を頼んだだけだと説明した。Djangoは鉄棒、金属粉塵、溶接の火花に囲まれた金物店の中で箱を開けた。MacBookはこの旅全体を無傷で生き延びていた。Djangoがそれを起動して確認すると、店主はAppleロゴを見て突然興奮して、「Ah… a MacBook is a MacBook. Apple is still Apple.」と述べた。
Djangoがノートパソコンを物理的に受け取った後も、電子追跡システムは配達完了を正常に更新していなかった。Djangoはレックスにメールを送り、荷物を無事受け取ったこと、すべてが正常に稼働しているように見えること、そして「すべての苦労と努力はそれだけの価値がある」と述べた。Djangoと支援者はともに「an Apple is still an Apple」という結論に達した。これはDjangoの人生で初めてのAppleデバイスだった。
5月13日、42日間で約12ヶ国を通じて36,000km を移動した後、ノートパソコンはついに到着した。総配送費用は約426 AUD だった。

筆者の見立て
- 配送プロセスが当初の予想よりはるかに複雑化したと解釈している
- リサイクル機器の輸入規制やTIN取得の困難さが、遠隔地での学位取得をほぼ不可能に近づけることがあると示唆している
- 初期段階では地元での購入がより簡単だった可能性があると含蓄している
この記事は元記事の事実のみに基づいて自動生成されました。
出典
「Shipping a Laptop to a Refugee Camp in Uganda」(https://notesbylex.com/shipping-a-laptop-to-a-refugee-camp-in-uganda)